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携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01ボランティア活動

昨日、南三陸町戸倉小(児童71人)へ、NPO法人キッズドアのボランティアとして、
子ども達の放課後活動支援を行ってきました。
戸倉小は、戸倉中とともに、3月まで登米市内の廃校を使っていましたが、
新年度から、南三陸町志津川小内の校舎に移りました。
志津川小(児童282人)と同居しています。
戸倉中も同様に、志津川中と同居しています。
戸倉小の被災状況は、戸倉中卒業式のレポートに掲載しています。
http://syuyukai.exblog.jp/d2012-03-12/
平成10年当時の戸倉小

授業が終わった後、スクールバスでの下校までの時間、
校舎内や校庭で、遊んだり、学習サポート等、
子ども達の要望に応じて、対応します。

私は、戸倉小、志津川小の子ども達とサッカーをしたり、
ブランコ乗りをしました。
昨日は、私を含め、生徒さんの親御さん含め、
6人のボランティアが参加しました。
学校からは、ほぼ毎日の活動を要請されており、
また、今後戸倉中や、
仙台市内の被災した中学の学習支援を要請されており、
多くのボランティアが必要とされています。
もし、活動をしたいという方あれば、
メールでご連絡いただければ幸いです。
touhoku-syuyukai@excite.co.jp

昨日は、戸倉小、志津川小の合同避難訓練がおこなわれました。
昨日は、1960年のチリ地震津波から、52年目の日でした。

「訓練は午後1時半、震度6強の地震が発生したとの想定で開始。
全児童が校庭に集まった後、山道を300メートルほど上り、
高さ約60メートルの裏山に避難した。
防災ずきんをかぶった児童たちは、おしゃべりをすることもなく、
真剣な表情で訓練に取り組んでいた。
東日本大震災で、町中心部の志津川小は学校の約100メートル手前まで津波が押し寄せた。
海沿いにあった戸倉小は校舎屋上まで水没した。」

河北新報記事
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/05/20120525t13021.htm

# by touhoku-syuyukai | 2012-05-25 11:59 | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01名取・雷神山古墳

仕事で、近くまで行ったので、訪ねてみました。
堂々たる、「東北最大の古墳」です。


後円部

小塚古墳

もともと、名取自体が、古代から栄えた地域です。
従って、比較的多くの古墳が残っています。
東北全体の歴史の、古代から近代まで見直しの動きがある中で、
4世紀末~5世紀初頭に作られた大型古墳として、
大いに研究される余地があります。
そして、主体部は未発掘ということなので、
長期的視点での、研究が待たれるところです。
著作権上、直接引っぱれないので、
是非、下記のサイトから、古墳の「雄姿」をご覧下さい。
作られた時のイメージにつながる写真です。
http://www.pref.miyagi.jp/bunkazai/siteibunkazai/siseki/kunisiseki/kuni-siseki05.htm

ただ、今回の震災で、後円部の主体部が陥没(5m×1.5m)、
史跡標柱が破損していました。

仙台市内の大型古墳の「遠見塚古墳」も、若干被害があったようです。
http://www.pref.miyagi.jp/bunkazai/ippan-bunkazai/sinsai/omonabunkazai.pdf

雷神山古墳

宮城県名取市にある東北地方で最大の前方後円墳。
古墳時代前期後半から中期前半に造られたと推定され、
仙台平野一帯を支配した大首長の墳墓と推定されている。

古墳の大部分は、自然丘を削り出して、その削り出された土を盛土として使って造られている。
前方部が二段築成、後円部が三段築成で葺石をともない、周囲には周堤と周濠を有する。
全長168メートル、後円部直径が96メートル、高さが12メートル、前方部前幅が96メートル、
高さは前端で6メートルで、前方部が丘陵上に作られているため前方部が発達した古墳となっている。
周堤と周濠を含む古墳の領域は、南北約210メートル、東西約140メートルにもおよぶ。
埴輪は全て壺形埴輪であり、各段の裾周りに巡らされていたと推定されている。

また、発掘調査により出土した、壺形埴輪や底部穿孔壺型土器[2]などの分析結果と、
古墳の築造方法などから、およそ4世紀末から5世紀前半に造られたものと推定された。
主体部分である被葬者の埋葬施設は、未調査(未発掘)である。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B7%E7%A5%9E%E5%B1%B1%E5%8F%A4%E5%A2%B3


# by touhoku-syuyukai | 2012-05-24 06:41 | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01「東北六魂(ろっこん)祭2012」

「東北六魂(ろっこん)祭2012」が、今年は盛岡市でおこなわれます。
今月26日、27日です。

仙台七夕、秋田竿燈、青森ねぶたなど東北6大祭りのパレードと
ステージイベント、物産展などが繰り広げられる予定です。
2日間で20万人が訪れ、93億円の経済波及効果があるとされています。
昨年は、1回目で、仙台でおこなわれ、運営等様々な問題が指摘されましたが、
今年は、順調にいって欲しいと思います。

# by touhoku-syuyukai | 2012-05-22 17:20 | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01仙台青葉まつり

昨年中止された、仙台青葉まつりが、
19日、20日と開催されています。

仙台青葉まつりは、HPによると、
江戸時代・仙台藩最大の祭りといえば、仙台祭であり、
承応4年(1655)年に始まり、毎年9月17日に行われた東照宮の祭りで、
藩をあげて行われ最大70基の山鉾が城下を練り歩いた
(山鉾がでるのは藩主が仙台にいる年のみ)。


しかし、明治時代になると、これにかわって伊達政宗を祀って明治7年にできた
青葉神社の礼祭(政宗の命日である5月24日に行われ、青葉祭りとも呼ばれた。)が盛んとなり、
明治18年の政宗公没後250年祭や、
昭和10年の300年祭には多くの山鉾が市中に出て盛大に行われたが、
昭和40年代後半、交通事情等により途絶え、
現在の青葉まつりは伊達政宗公没後350年を迎えた昭和60年に、
長年途絶えていた「青葉まつり」が市民の祭りとして復活したものとのこと。
http://www.aoba-matsuri.com/html/matsuri-toha.html

青葉まつりで踊られる「すずめ踊り」は、
慶長8年(1603)、仙台城移徒式(新築移転の儀式)の宴席で、
泉州・堺(現在の大阪府堺市)からきていた石工たちが、
即興で披露した踊りにはじまるといわれてとのことです。
http://www.aoba-matsuri.com/html/suzume-toha.html

他にも、「伊達縁」等のイベントも用意されています。
http://www.aoba-matsuri.com/2012/date.html


# by touhoku-syuyukai | 2012-05-20 14:43 | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01「過激な隠遁ー高島野十郎評伝」

最近、仕事で知り合った新聞記者が、
三人とも九州出身で、
何回か懇親を重ねました。

そのうち、お二人が、九大法学部の先輩後輩で、
お一人が、明善高校、もう一方が、長崎・青雲高校でした。

ご存知のように、修猷ー明善は、
多くの画家を輩出しています。
私も、帰福の際は、福岡県美術館、市美術館、
そして久留米・石橋美術館にも足をのばしています。
懇談の席で、話題になったのが、
「過激な隠遁ー高島野十郎評伝」です。

著者の 川崎 浹さんは、
修猷館昭和23年卒で、
川崎さんと高島野十郎(旧制明善中出身)との「不思議な出会い」をきっかけに、
交友がはじまります。
とても面白い本です。

川崎 浹さんは、ロシア文学者で
早稲田大教授をしておられました。、
ロープシン『蒼ざめた馬』やサヴィンコフ『テロリスト群像』などを訳されておられます。
昨年あった、 福岡県美術館での高島野十郎展にも、
おいでになったようです。

おもしろいサイトを見つけました。
福岡県立美術館での2つの美術山脈ー修猷館・明善の図録が出ていました。

http://www.calamariinc.com/20101099.html

# by touhoku-syuyukai | 2012-05-17 23:10 | その他 | Trackback | Comments(0)

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